パラダイムシフト

最近、この未熟な自分にも確実にパラダイムシフトという現象が起こっている

 
綺麗事だけでなく、最近社会的に弱者とされている方々にとって住みにくい「日本」にされていっていることを目の当たりにする出来事や出会いが増えた
 
先日テレビだったか
賽銭泥棒が宮司さんによって捕らえられたというニュースが目にとまった
 
いままでであれば賽銭泥棒を捕まえた宮司さん、ナイスジョブ!
 
くらいに感じていたことだし、気にもとめないような出来事だったように思うが
 
このニュースで罪を犯してしまった人物のことを、、なんだか気の毒というか…憐れに感じたのである
 
 
再現VTRではなく、モザイクをかけた実際の防犯カメラの映像が流されたのだが、その捕らえられた人の動き、又モザイク越しではあるが顔が下を向いていて抵抗という抵抗も出来ないような、ただ混乱、狼狽して逃げようとしている…そんな「か弱い」印象だった
対する宮司さんは格闘技の有段者
 
泥棒(窃盗)は犯罪である。当然賽銭泥棒も…
ふてぶてしい不良犯罪者は許されるべきではないが、このテレビに映る人物は、恐らく、いや間違いなく裕福ではないだろうと思われるし、
その様子から推察すると軽度な知的障碍を持っている方なのかもしれない…
 
また政府批判ととられるかもしれないが、緊縮財政という間違った経済政策によって長年にわたるデフレと格差拡大で経済的弱者が増加しているのは事実である
 
特に知的障がいをお持ちの方はうまく立ち回ることも自己弁護(反省の意すら示せない)出来ず、刑務所に収監される方の多いこと…
実際社会に出て会社勤めをしても周囲とのコミュニケーションがうまくいかず、適応することが難しい…結果、収入源を絶たれ行き場をなくして路上生活、刑務所の方が居心地が良くなってしまう…
 
衆議院議員山本譲二氏の著書にあった話。記憶違いもあるかもしれないがおよそ下記のような話だったと思う
 
軽度の知的障がいのある男の人(仮にAとする)幼い頃に神社にお参りをした際、お母さんが千円を賽銭箱に入れて2人でお祈りをした
お母さんはAに「Aが幸せになるよう神様にお金を預けてお祈りをしたからきっと守ってくれるよ…Aがもし困った時には助けてくれるからね」というような内容を話したそうだ
しかしAが大人になる前に母は他界してしまった
Aは施設に預けられ、その後、職につくも社会に適応できず路上生活となった
食べるものにも困窮していたAは母との思い出が蘇る。お母さんが神様に預けた千円が神社にある
、食べるものを買うためにお金を返してもらっていいはずだ…
結果、賽銭泥棒として捕まってしまったが盗んだのは〇百円。しかしながらAは裁判上で「まだ(お母さんが預けた千円)〇百円残っている」
この発言により反省がみられないということで刑務所に入ることになった…そうである
 
刑務所の受刑者の多くに軽度な知的障がい者が多いらしい
彼等は貧困に陥りやすく、また悪意ある人間に利用されやすい……一般的に悪人というイメージから遠い人達が大半だそうだ
本来であれば福祉に繋がるような方々であるのだが…
 
政府の経済政策が間違っているのだが、プライマリーバランスに拘り国民を貧しくしてきた為に、福祉への理解は進まず、財源が全く足りてない
 
市や県では予算に限りがあり助けられない。
しかし国は実はそうではない
現代貨幣理論を正しく理解すれば、デフレの日本では多くの国民を救うことが可能であり、それが日本経済の復活に繋がるのである
 
デフレの日本で大企業や高所得者にお金を配ってもトリクルダウンは起きず、貯め込むだけである
。しかし貧困の人達を救えば、食べたい物を買う、着たい物を買う。住むところにもお金を遣うから、国内の需要が確実に増える。
海外にお金を垂れ流して日本の為にならない連中の言いなりになっている政治は国益を損なっている売国行為でしかない
 
繰り返すが正しい現代の貨幣理論を学ぶことで社会的に弱者と言われる方達を救済できるし、防災インフラの整備で国民の命も守れる。それでいて需要の拡大により、日本人は豊かになって国力も上がるし、もっと言うと政府の財政再建すら出来てしまうのである(これらの話を説明すると長くなるので割愛するが)
 
豊かでない人達同士で足の引っ張り合いをする社会ではなく
間違った経済政策を正すためには多くの国民がパラダイムシフトをして気づき、選挙で変えるしかないが、少なくとも「住」の分野で少しでも貢献し、地域活性化になる活動を考えている